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タコとソラマメと入れ歯 

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中学一年生になったマー君が、学校行事でひじき刈に行ってきた。
その海で、マー君の大収穫は「タコ」

先輩が捕まえてくれたというおっきなタコを、
ろくじろうのみんなに見せたくて、彼はやってきた。

そして、ろくじろうのじーちゃん、ばーちゃんにタコのゆで方を教わった。

「塩でよ~く揉んで先ずはぬめりを取るんだよ」
83才のトミさんをセンセイに、流しでの講義と実演が始まった。

流しの色に合わせて、タコの色が変わることに彼はビックリ!

ゆでたタコの頭の中に、小さな脳みそが二つに分かれて入っていた事にも仰天!

タコゆでに奮闘し、その後、彼はたこ焼きを焼いてくれた。

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なぜか、赤組の鉢巻で。

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だって、じーちゃんばーちゃんたちは、赤白帽だからね。

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87才のヤスコさんが今年の初もぎだと言って、ソラマメを持ってきてくれた

「初物を食べると七十五日長生きをするんだよ
そんな話をしながら、みんなでソラマメのサヤを剥いた。

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館山の佐々木歯科さんが、じーちゃんとばーちゃんの入れ歯を治しに来てくれた。
「この年になって、入れ歯を入れることができるなんてまるで夢のようだ!」
と、何度も喜ぶばーちゃん。

そうか、もう今更いればなんて作らなくても....って思っていた自分の思いは
そうか、そんなモノじゃなかったんだなぁ

今週は100才に近い利用さんが初出勤!

今までの、90才に近い利用者さんとは、
まるでベツモノでした。

何がって、なんか後光が違うのです。

なんか、無性に懐かしく感じたのは...そうか、98才で逝ったわがやの”としょ”と
同じ光を放っていたのです。

一緒に暮らしていた頃は、気づく事さえ出来なかったこの輝き。

「90才を過ぎるとね、すべての事がわかってくるよ」

その方は、そう聞かせてくれた。

本当は、自分のうちのとしょから、沢山聞かせてもらいたかった言葉が、
その方からあふれ出てきた。

また、来週が楽しみだなぁ

カッコイイなぁ、百歳


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まだ、何も話して無い... 

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おとといの雪が道の端に残っている東京で、昨日、友と久し振りに会った。

エステティシャン、アロマセラピスト、ヘルパーという道のりを、
互いの影響を受けながら、二十年近く一緒に歩いてきた親友。

親譲りの心臓からくる脳梗塞を二回も繰返しながら、
今は訪問ヘルパーの仕事を楽しんでいる彼女。
90才前後の利用者さんたち、九名を担当させてもらいながら、
数十年前に読んだエリザベス・キュープラ・ロスの著書を読み返して
あのときには素通りしてきた言葉が、今の仕事と年齢を通して、
心に突き刺さってくるという。

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「そうだ、そういえばさぁ、以前あなたが苦しんでいた両親との別れには踏ん切りが付いたの?」

一人娘の彼女が、相次いで亡くしてしまった両親。

一人娘だから、当然親の面倒は自分が看るものと思っていたのに、
あっけなくあの世に行ってしまった二人の親。

突然失ってしまった彼らとの関係の中で、やれなかった事、
介護をするということ、お年寄りの世話をするということに
彼女はコガレテ、ヘルパーの道を歩き出したのかもしれない。

この仕事を始めてもう五年が経つという彼女。
お年寄り達の事を、まるで恋人のように話して聞かせてくれる彼女。

そんな暮らしの中で、あなたのなかにこれでよしという踏ん切りが少しはついたのかと問うてみた。

彼女の答えはこうだった。

「まだ、なにも話して無いんだよ...」

自分の暮らしに精一杯で、親の心を特に考えることもしないうちに、
あっという間に親を失ってみて、今の心残りは彼らと”何も話してこなかった”ことなのだ、
きずいたのだそうだ。

先立ってしまった両親との関係で、本当にやり残していた事は、

介護でもなく、旅行でもなく、ホンモノを話す事だった

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両親の言い争う姿を見る事が怖くて、いつもニコニコ、あたりさわりの無い言葉だけを並べ、
人の心の奥深くに踏みこまない

それが彼女流の生き方だった。

ケンカすること、怒ること、意見が違うこと、すべてを避けて生きてきた
そんな自分の生き方の中で、両親と本音で話すという機会をも失ってきた

今、訪問ヘルパーとして訪ねるお宅は皆一人暮らしのお年寄りの家だという。

そして、半数が奥さんに先立たれたおじいちゃんたち。

与えられら訪問介護の時間の中で、家事を短時間でこなし残りの時間を
彼らと語ることに時間を使っているのだと聞かせてくれた。

「○○さん、さみしい?」

「生きるって、一体ナニモノなのでしょうかねぇ...」



昔の話、これからの事、おじいちゃんたちと涙ながらに語り合う事も珍しくないという。


ホンモノを語りあうこと、聴きあう事、

もしかしたなら、そこが介護の本当の仕事なのかもしれない。


そこまでとどいた人たちが、心の底からこの仕事を喜べるのかもしれない。


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おれも、寂しいよぅ 

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四月になって、ろくじろうには男性ヘルパーがやって来た!

かわいいばばたちが、どんな表情をするのか楽しみだった。

結果は予想どうり、ばばたちがみんな、女子になっちゃった

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今日は野ふきを摘んで、お昼の支度。
なんと、フキの葉っぱも食べられるというからおどろき

利用者さんにその調理方法を見せてもらった。
フキの葉をちぎって、一度、お湯で湯でこぼして、醤油・ほんだし・砂糖ちょっと・鰹節でさっと煮付けるだけ。

絶品のおかずが出来上がった!


ひえ~~!!フキの葉っぱまでこんなにおいしく食べられるんなら、ろくじろうの食費浮いちゃうぜ~

ばーちゃん、ありがとう♪

お礼に、おやつはたこ焼きでも焼こうか?

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先日、近所のおばさんが訪ねてきた。
私が返した唄のテープを、わざわざ届けてくれてこう言った。

「このテープ、もう一度聞いてみたけれど、ここの死んだかーさん(義母)の声が入っている。
だから、おめーが持っていたほうがいいと思ってよぅ。

おれだって、もういつまで生きるかわかんねぇ。おれが死んじまえばみんなうっちゃられちまうからよぅ」
(この辺のおばーさんは、自分の事をオレと呼びます)

80才半ばになろうかという彼女は、都会に暮す娘夫婦を心の支えに一人くらし。
立て続けに親しかった人たちが無くなり、近所に暮す元気な人たちは畑に行って忙しい。

「おれも、寂しいよぅ」と言って帰っていった。

ろくじろうに遊びに来て欲しいと、彼女を誘ったこともある。

でも、そのときは、認知症の人の事を「馬鹿」だと呼ぶ彼女がいた。

自分と同じ時代を生き抜いてきた仲間達の、今の姿をどう受け止めていいのか
怖かったのだろうと想像した。

自分とは違うと思いたかったのか、自分もそうなってしまいそうで怖かったのか...

「おれも、寂しいよぅ...」

頭も、足腰も、ろくじろうに毎日通ってくる人たちよりもずっとずっとしっかりしているけれど、

きっと、年をとってゆく事は、ろくじろうに通ってくる人たちの仲間になってしまう事は
受け入れがたい事なんだろうなぁ...


「幸せだなぁ」「今日もおもしれえったなぁ」「また明日もたのんますよ」

泣いたり、笑ったりしながら、毎日を一緒に過ごしている利用者さん達からあふれ出る言葉。

みんなみんな寂しくって、みんなみんなそれでも幸せがあって


大丈夫だよ、どうなっても大丈夫だよ


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