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うちのおばあちゃん 

こんばんは、なないろです。

子供の性格は、育った環境が性格に影響をしていて、とくに親との関係が大きいのだろうと、勝手に思っていたのですが、

ある本によると、祖母の存在も大きな影響として作用するようです。

おばあちゃんといっても、いろんなおばあちゃんがいますよね、例えば

・無条件に孫をかわいがる、孫をあまやかす人。
・母から子を取り上げようとする人。
・父母の欠点を補う人。
・子供、孫にすがる人。
・しつけに厳しい人。
・勝手にふるまう人。などなど

うちのおばあちゃんの場合家族の中で、1番に権限を持ち、厳しくてうるさい人かな。
義理人情にもあついんだけれど。。。

祖母の子供である私の父は、人がいいというかだまされやすいというか
他人の保証人になって借金を肩代わりしたり、高価なものを買わされたり… 
そんなことの繰り返しで最後は祖父母がお金の面倒をみてしまうのです。

そんな息子に育ててしまったことへの反省からなのか
とにかく私に対して厳しかったです。
子供の頃の一般的なおばあちゃんのイメージとまったくかけ離れていました。

晩秋、小学生の私に近くの小川の冷たい水で大根を素手で洗わせたり(おしんか!)
病気の弟のことはやさしいと褒めるのに、私が良い成績をとっても
褒めるどころか、けなされることのほうが多いし、

また、授業料など、父から貰えない時に祖母に頼むと「何で貰っておかない!」と逆に怒られたり、電話が長いとひどく干渉してきたり。。。


私は、思春期になると、そんな祖母がいやになり、日常の出来事を祖母だけでなく
家族にも話さなくなりました。


そんな祖母の影響がまだ、私の心に残っているような気がします。
いい意味でも悪い意味でも。うまくいえませんが。。

みなさんのおばあちゃんは、どんな人ですか?


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コメント

すごい!おしん生活してたとは!

うちの祖母は、とにかく疑い深くて、心配性の人でした。
今思うと、跡取り娘の私が、社会でだまされないようにとの配慮だったのだろうと思うのだけど。
子どもの頃から、「世間は恐ろしいところだ」というのを、繰り返し聞かされました。
だまされたり、いやな目に合わされた体験談とか、
近所のお年寄りの葬儀の時、「あの人は犬をひどい目に合わせていた。だからこんなことになったんだよ」とか、
「親戚のあの人は昔こんなことをして」とか、
部屋の隅に呼ばれて、コソコソ教えてくれるのだけど、
子ども心に、「私にそんなこと、打ち明けられてもなー」と思っていました。

とても可愛がってくれた、働き者で可愛い祖母だったのですが、「なぜ?」ということが多かったです。
3歳下の妹には、そんなことはなかったみたいで、祖母なりの教育だったらしい。

まるこ、朝も早くからからコメントありがとう。

おばあちゃんのまるこを想う気持ちが伝わってきたよ。。。
いいおばあちゃんだね。

おしん生活か。大根洗いはその1回だけだったけれど、働き者の祖母なのでよく畑仕事を手伝わされました。(条件付で手伝った)

おかげで多少のことではへこたれない、がまん強い人間になれたかな。

としょ

嫁ぎ先では、ひいばあちゃんの事を「としょ」と呼びます。

年寄りと暮らしたことのなかった私が、としょの面倒を見るために、都会をひきはらって、家族で白浜に引っ越してきました。

誰もが認める、心の優しい人でした。
沢山の苦労をしょって、生きてきた人だそうです。

自分の息子の精神病。暴力。
逃げ回る家族。
働いて働いて、働けなくなったときにも、そんな家族の苦しみをじっと見つめる人でした。

それでも、そのこに後からすとんとやってきた嫁の私は、彼女に心から優しくしてあげることは出来ませんでした。

訪問介護ステーション「としょ」
開業が私の夢の一つになりました。

生きてゆく事に一生懸命で、大切な家族の心に触れてあげることが出来ない。
残るのは、後悔と自責の念ばかり。

それでいいいんだよ、私達にも、その荷物を少しだけ背負わせて。

そう言える介護ステーション、
夢かなぁv-352

夢だよね。

お年寄りと子どもを一緒に預かるのも、面白そうですね。
使ってない民家とか、普通の家っぽいところが良いのかなー。

小学生の時、夏のキャンプとかで、地元のおじいさん、おばあさんが、ワラジの作り方とか、竹とんぼとか、教えてくれたな、そういえば。楽しかった。

なないろ姉さん、畑仕事までしていたとは!

うちのおばーさんは、最後の方はぼけちゃって、昔の歌をよく歌ってました。夜中に「コガネムシは金持ちだ」とか。好物のトコロテンを作る(パックから出すだけ)と喜んだりして。
どうせなら、もっと一緒に歌ってあげれば良かったのになと思う。今になると。

「コガネムシは金持ちだ。
金蔵た~てた、蔵建てた。」

この後が出なくて、考えていました。

「飴やで、水あめ買ってきた~v-341
だっけ?

二番もある?

いい歌だね~。うん

うっちゅ

奄美では、お年寄りのことを「うっちゅ」といいます。
おばあちゃんは「あんま」おばさんとかは、「ばっぱん」と言っていたような気がします。
また、自分より年上の人は、「兄さん」「○○アニ」「姉さん」など呼びます。

何だかんだいいながら、先輩を労わり、尊敬する風土があった感じです。
どんなに、お節介だろうがオシャベリだろうが、飲んべぇだろうがろくでなしだろうが。。。

昔は、そんな先輩たちが嫌だったけれど、今はそうでもなくなってきました。

やっぱり、
「年よりは、財産で 子供は 宝」
です。

今、祖母は病院中。これ以上は良くはならないらしい。

元気なうちに、笹団子(田舎の名物)の作り方とか、他にもいろいろ教えてもらえばよかったとちょっと後悔。

祖母の笹団子はおいしかったなぁ~。
また食べたい。

うちのおばあちゃん

ワタシの祖母は二人とも健在。
そのことが、ありがたいことなんだ(^_^)って気付いたのはつい最近。

母方の祖母はとても元気。
通販でおいしいもの取り寄せて、人に配るのが好きみたい。
占い好きで、親切されると嬉しいみたいで、生年月日聴いては、あなたは○○だから…っと、お話しだす。
明日は、日がいいから…と言って、埼玉から静岡まで一人で来ちゃう。

美容院行くのも、近所ではなく電車で30分かけていく。
ヘルパーさんにも、来てもらわず何でも一人でやっちゃう。

今だから、カワイイ…と思えるけど、小さい頃は厳しかった。
電話の出方が悪いと、切られてやり直し。
とにかくうるさい!って思っていた。

祖母の元気でいれる秘訣は、母をいくつになってもシカルコトが出来るからかもしれない(^_^;)

85才!年々お墓が遠ざかっているように感じる。

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