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それが残念で仕方がなかったんだ。 

記憶は突然、しかも意外なところでよみがえり、
そして今までには気づかなかった感情や思いがあふれ出てくる。

こんにちは、大福です。

ある人の日記を読んで忘れていた事を思い出した。
私の父と母が離婚する前の我が家の様子。

しーんと会話が無い我が家。
父と母が会話している様子は思い出せないほど夫婦関係は冷え切っていた。
私自身、おなかを抱えて笑ったりしたことはあの家の中であっただろうか?
私は母のイライラから逃げて暮らす日々。
母は父から逃げ、父も母から逃げてた。
お互いがお互いのせいにし続けていた。
今思えば氷の中に住んでるみたいだった。

でも、あの頃はそんなの普通だと思っていた。
みんなのお家もお父さんとお母さんは会話することなんてないもんだ、
そう思ってた。
だから何も苦しくなかった。

話さない父と母が口論しているところとちらほら見かけるようになった、嫌だなぁ
離婚することが決まった。必死でつなぎとめた。私の手は振り払われた。

離婚したことをずっと私は憎んでいたし、恨んでいた。

みんなの家にはお父さんとお母さんがいる、けど私には一人しかいない。
惨めで恥ずかしかった。形だけでも良かった。二人にいてほしかった。
「子供のためにも別れなければ良かったんだ」
いやなことがあればいつも離婚のせいにしてきた私。

これが今まで思ってきた私の感情。

ある人の日記にはこう書いてあった。

“中身のないケンカをしている両親の姿”に傷付いた。

もっと真剣にケンカしてほしかったな。

何のためにしているのかわからないケンカじゃなくて、

家族のためを思ってする真剣勝負、

親が何を考えているのか、

どんな気持ちでいるのか、

わからないことが、不安だった。


話してほしかった。


「話してほしかった」

これだと思った。
12歳から26歳、今まで二人の別れに対して憎むしかなかったけど
違ったんだ。

今思うと二人がなぜ離婚したのか、理由もよくわからないままのことだったから
認められなかったのかもしれない。
堂々とできなかったのは両親の離婚がコソコソしているような感じがしたからかもしれない。


うちには会話が無さすぎたんだ。

母と父がもう少し私に話してくれてたらまた違ってたかな。。
私が母と父に聞いてみてたら違っていたかな。。。
離婚の選択は変わらなくても、私自身が二人の別れに納得したかった。。
私も弟も二人の間にちゃんと入れてほしかった。
それが残念で仕方なかったんだ。

ずっとずっと心の中に残る二人への思い。
子供は感じてないようで、感じている。
見ていないようで、しっかり見ている。
お父さんとお母さんは何があっても大切だから、
お父さんとお母さんに私が大切だっていつでも思っててほしいから
だからこそ些細なことでも小さな傷を作り、そしていつまでも残ることだってある。

ただ、14年間の「こうしてくれればよかったのに!」の感情が
素直に「こうしてほしかった」に変わった私はそのほしいものを手に入れるために
今、歩き出せる気がした。

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コメント

「私は、残念だったんです」
そう大福が話してくれたとき、ある種の”感動”を覚えました。

両親の離婚を恨み続け、可愛そうな娘の位置をいつまでも手放すことの出来なかった大福が、両親の離婚を「娘の自分にとっては、残念なことであった」のだと表現し、その残念な部分は、離婚そのものよりも、子供であった自分達に、親の本物が伝わってこなかった事、両親が本気でケンカしていなかったことだと気がついたと聞かされたとき、本当に、本当に感動した!

人は自分の力で自分の過去の傷を癒し学びに変えることができるのだと、

ただ、嬉しかった。

弟の借金と離婚話にその家を訪れたとき 小さな姪っ子がいました。
「わかりました!じゃあ離婚しましょう」と義妹が声を荒げたとき

隣の部屋から そーっと顔をのぞかせた彼女。
思わず「大丈夫 おばちゃんが離婚なんてさせないからね。今そのためのお話合いをしてるの 大丈夫だからね」と必死に言った。
結局その一年後には離婚になってしまった。
私には何もできなかったなぁと無力さを痛感した。

今でも ときどき実家には一人で遊びに来るらしい。
そこへ行ってもいいと許してくれる義妹の器の大きさに感謝しています。

離婚になるまでの一年 辛かったろうなと思います。
今もその時の大福さんみたいな気持ちでいるのかな。
近くにいたら ちょっと会うこともできるだろうに。もう少し大人になったらその話もできるかな、その時また会えるかな。

i-80ちいさな、ちいさな心
あったかくなあれ

みんなが見守ってくれているから
きっと、ステキな女性になる、きっと

大福さん、ありがとう!

胸がいっぱいになりました。

大福さんの言葉に深い癒しをいただきました。

そうなんだよね。
「本当の事は話せなくても、
 本音は話せる」
いつもすべてを必死に、彼女の言葉で話してくれた・・・ばあちゃんにあらためて感謝。
大福さん、やっと乗り越えられたんだね。頑張ったね、よかったね。

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