スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

まだ、何も話して無い... 

2010-4-1.jpg

おとといの雪が道の端に残っている東京で、昨日、友と久し振りに会った。

エステティシャン、アロマセラピスト、ヘルパーという道のりを、
互いの影響を受けながら、二十年近く一緒に歩いてきた親友。

親譲りの心臓からくる脳梗塞を二回も繰返しながら、
今は訪問ヘルパーの仕事を楽しんでいる彼女。
90才前後の利用者さんたち、九名を担当させてもらいながら、
数十年前に読んだエリザベス・キュープラ・ロスの著書を読み返して
あのときには素通りしてきた言葉が、今の仕事と年齢を通して、
心に突き刺さってくるという。

2010-4-2.jpg

「そうだ、そういえばさぁ、以前あなたが苦しんでいた両親との別れには踏ん切りが付いたの?」

一人娘の彼女が、相次いで亡くしてしまった両親。

一人娘だから、当然親の面倒は自分が看るものと思っていたのに、
あっけなくあの世に行ってしまった二人の親。

突然失ってしまった彼らとの関係の中で、やれなかった事、
介護をするということ、お年寄りの世話をするということに
彼女はコガレテ、ヘルパーの道を歩き出したのかもしれない。

この仕事を始めてもう五年が経つという彼女。
お年寄り達の事を、まるで恋人のように話して聞かせてくれる彼女。

そんな暮らしの中で、あなたのなかにこれでよしという踏ん切りが少しはついたのかと問うてみた。

彼女の答えはこうだった。

「まだ、なにも話して無いんだよ...」

自分の暮らしに精一杯で、親の心を特に考えることもしないうちに、
あっという間に親を失ってみて、今の心残りは彼らと”何も話してこなかった”ことなのだ、
きずいたのだそうだ。

先立ってしまった両親との関係で、本当にやり残していた事は、

介護でもなく、旅行でもなく、ホンモノを話す事だった

2010-4-3.jpg


両親の言い争う姿を見る事が怖くて、いつもニコニコ、あたりさわりの無い言葉だけを並べ、
人の心の奥深くに踏みこまない

それが彼女流の生き方だった。

ケンカすること、怒ること、意見が違うこと、すべてを避けて生きてきた
そんな自分の生き方の中で、両親と本音で話すという機会をも失ってきた

今、訪問ヘルパーとして訪ねるお宅は皆一人暮らしのお年寄りの家だという。

そして、半数が奥さんに先立たれたおじいちゃんたち。

与えられら訪問介護の時間の中で、家事を短時間でこなし残りの時間を
彼らと語ることに時間を使っているのだと聞かせてくれた。

「○○さん、さみしい?」

「生きるって、一体ナニモノなのでしょうかねぇ...」



昔の話、これからの事、おじいちゃんたちと涙ながらに語り合う事も珍しくないという。


ホンモノを語りあうこと、聴きあう事、

もしかしたなら、そこが介護の本当の仕事なのかもしれない。


そこまでとどいた人たちが、心の底からこの仕事を喜べるのかもしれない。


お役に立ちましたら
ワンクリックお願いいたします。
↓ランキングがあがるとみんな大喜びの香り庵です
canvas.gif

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://kaorian.blog40.fc2.com/tb.php/696-da60955f

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。