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やり残していた事を思い出したんです 

2010-8-27.jpg


宅老所よりあいに学ぶ・支える東京集会に、昨日参加してきました。

村瀬孝生さんの本はほとんど読んでおり、尊敬する方です。



切なくて、おもしろくて、おかしくて、こっけいな世界。

これでお金をもらえる、こんなすばらしい世界。

死ぬ時は自分の身一つになってゆく、そこに付き合ってゆく

家族以上に家族になることで、家族が破綻して行く。

介護をもう一度、家族に返してゆく


仕事に段取りをくむと、ハプニングが起こらなくなる。

年寄りとのハプニングを楽しむのが

今日を一緒に生きるという事

段取りの中で、どんどんやるべきことをこなして行くと、

話し合うことさえ、無くなっていってしまう。


どれも頷く事ばかりで、どれも明日からのろくじろうの道しるべになってくれる言葉。


今回は、スタッフ四名での参加、

帰りは、「養老の瀧」で熱く語り合いました。


どんな講座なのか知らずに参加した、一人の若いスタッフがこんな事を語り始めました。


「有料老人ホームで働いてきた五年間、

そこでやりたかった事

諦めていた事

やりたくても出来なかった事

残念だった事

くやしかった事

やり残していた事を思い出したんです!」


それは、まだ彼女が22才だった頃の事、
アパレル関係から転職した老人ホームでの事。

自分が初めての夜勤の日、利用者さんが死んだのだと話してくれました。


一人で夜間の見回りをした夜、酸素をつけたそのかたはきちんと呼吸をしている様に
見えたのだといいます。

でも、次に先輩職員が見回りに行ったとき、その方は自発呼吸をしていなかった。

私が、早く気づいてあげることが出来なかったのかもしれない。


様々な事が頭の中を駆け巡る中、あわてて救急車を呼びました。

救急隊員さんは、既に呼吸をしていない事を確認すると、
スタッフである彼女に、強い口調でこう言ったそうです。

「どうするのですか?延命措置をしてもいいのですか?」と...

骨の折れやすいお年寄りにとって、心臓マッサージをすることは
危険との背中あわせ、心臓マッサージをするにも、家族の同意が無ければ
出来ないのだそうです。

ご家族に状況を伝える電話をし、延命措置をしてくださいと救急隊員の方に
伝えてよいのか問いかけてみると、若い彼女にとってとても信じられない言葉が
返ってきたというのです。

「何もしないで下さい、一切、何もしないで下さい。」

驚く気持ちを抑え、救急隊の方にその旨を伝えると、
今度は救急隊の方からものすごい勢いでどなられたそうです。

自分達は命を助ける為に働いているんです。

死んでいる人を看るために呼ばないで下さい...と。


今なら、家族の様々な思いや状況がわからないわけではない。

それでも、そのときはあまりの驚きに、後で大きな声で嗚咽するしかなかったと...



夜勤不足を補う為、それからも怖い気持ちを抑えて夜勤に入ることの多かった自分は、
利用者さんを看取る機会がとても多かったのだそうです。

「今夜がとても危険だと思われるのですが、いらしていただけませんか?」

そう、ご家族に電話を入れることも少なくなかった。


それでも、「いけません」「お任せします」と、
不機嫌そうに答える家族が少なくない現実が、

ただただ辛かった。

大好きな年寄りの最後に、何をしてあげることも出来ない自分の未熟さが

切なかった。



ろくじろうで「泊まり」を引き受ける事が出来るのか、

暮らせるように出来るのか、

開設一年を迎えようとしている今、なんども浮上してきます。


未知の事は、誰にとっても怖いものです。

怖い怖いといいながら、先延ばしにしている毎日。



そんな夏の終わりに、27才の彼女が言ったのです。


「やり残していた事を、

自分なんかにできるはずが無いと諦めていた事を、

思い出したのです」



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コメント

ぼけてもいいよ

村瀬さん、俺も衝撃でした。
あのスパイダーマンおばあちゃんと一緒に歩む「老い」の道。
ああ、これが介護だった、と
思い知らされるエピソードでした。
あと、ひとりのおばあちゃんからはじまった祭りの話など。

俺は、以前は
「ボケは悪だ」と思っていました。
なんで、ボケてんだろ。
なんで、動かないんだろ。
そういう「なんで」が
ときに
自分を追い詰めていくのだな、と。

そして、何かに期待して
そして何かに追い詰められる。

あまり期待しないことも
大切なのかも、と思うようにもなりました。
富山の「にぎやか」の阪井さんに聞いた
「出産と看取りは似ている」という感覚。

私は
最近になって
わかったような気がします。

ような気が、ですがv-8

Re: ぼけてもいいよ

i-258私も、ぼける事は怖い事、残念な事なのだと思っていました。

でも、呆ける事は楽しい事、周りを笑いに包む事も増えます。

みんなで一緒におなかを抱えて笑い飛ばしてしまえるような、

ここにいなよ、ここで暮らしていいよ、ここで死んで行っていいよ
といえるようなろくじろうになりたい。

それは、み~んな自分のため。

将来の呆けた自分自身のための準備。

自分への欲のために仕事をする。

しあわせだなぁ~

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